5th Meeting / 第5回研究会

 

信仰に由来する寛容――宗教的真理の確実さの地平におけるアイデンティティと寛容

クリストフ・シュヴェーベル(ハイデルベルク大学教授・本学客員教授)

ドイツ語原文はこちら

1 宗教的‐世界観的多元主義:寛容が真剣に問題になる事例

寛容の問い――もっともな理由があって拒絶される信念や行動が、それでも忍んで受け入れられうるのか、そしてそうした考えを持ち、実行する人々に、その考えを表明し、それに応じて行動することを許すような承認を与えうるのか、との問いが、宗教的‐世界観的な多元主義の状況では、ラディカルな形で提起される。この問いがどう答えられるかは、自分と他者との間の差異が保持されうるかどうか、しかもその際、自らのアイデンティティと信念がそれによって損なわれることなく、また他者のアイデンティティがそれによって否定されず、また他者の信念がその真理要求を奪われることなく、差異が保持されうるかどうかにかかっている。宗教的‐世界観的多元主義とは、次のような社会の状況を示すと言えよう、つまりそこにおいて様々に異なった宗教的‐世界観的な、基礎的指針が共存し、競い合って存在しているような社会状況である。諸宗教、諸世界観の多元主義は、21世紀の初頭の地球上の多くの国々において、日常的な経験となっている。生活の指針と生活スタイルの多様性は、我々の社会生活のあらゆる領域で出会われる。社会の文化は、様々に異なった文化の競演によって規定され、社会は異なった共同体の複合体になるのである。文化的、世界観的、宗教的多様性はもはや、主として社会の境界の外で出会われるのでなく、その境界の内部の共同生活の具体的な状況のうちで出会われている。遠くの見知らぬ人が、隣人になったのである。だから多数派が幾つかの少数派に対してもつ明確に輪郭付けられた関係などもはやなく、むしろ社会は、大小様々な少数派の出会いの場所という様相を呈している。そのうちで様々の少数派の同意を得て、多数派は形成されねばならないのである。根本的な価値の指針の一致は、もはや前提されうるものではなく、むしろ生活のあらゆる領域での指針へのそれぞれの問いが、新たに提起され、協議されねばならないのである。

宗教的‐世界観的多元主義の状況によって、社会の全構成員は個人的なアイデンティティの問い、そして自らが属する社会集団のアイデンティティの問いに直面させられている。それが他の個人であれ、他の集団であれ、見知らぬ他者との出会いは、自分自身のアイデンティティへの問いを投げかける。「私は誰なのか」という問いは、一つの社会集団への自明的所属への指示によってもはや答えられない場合に、生の中心的な問題へと先鋭化される。「我々は誰なのか」との問いは、他の見知らぬ社会的アイデンティティを代表している、他の社会集団との出会いによって先鋭化される。アイデンティティの問いは、宗教的、世界観的な深さの次元をももっている。この次元は、人が引き受けねばならない様々な社会的役割の中で、また人が社会生活の中で認める機能の中で、自らの存在の根拠、目標として人間に迫ってくるものに焦点が向かっている。同様に社会集団は自らの要めの点を、構成員に分けもたれている根本信念によって定めるのである。逆に宗教的、世界観的信念はいつもアイデンティティへの問いへ深い影響を及ぼしてきた。というのもこの信念は、アイデンティティへの問いを、人間的生の根拠と意味と目標についての基礎的信念の地平において答えるものであり、宗教的伝統において、神話、礼拝、儀式において、アイデンティティの確保の機構を提供するからである。だからアイデンティティの保証を目的とする政治的イデオロギー、例えば民族主義は、包括的に宗教的表現手段のレパートリーを利用するのである。

他者に対する寛容の問いは、自らのアイデンティティへの問いといつも連関している。この問いも宗教的‐世界観的な信念を考慮するとき、殊に徹底的な形で提起される。だから寛容問題の歴史が特別の明瞭さにおいて浮かび上がるのは宗教史においてである。寛容の歴史は、宗教の自由の歴史である。自らのアイデンティティに対する最も徹底した挑戦は、自らのアイデンティティの根底を疑問に付する異なる信仰確信との対峙である。寛容の問いが最も先鋭な形で出会われるのは、異なる宗教的信念、異なる宗教共同体への寛容に関わるところに於いてである。もちろんここでもアイデンティティと寛容の弁証法が示されるのである。不寛容は通常、確固とした社会的、人格的アイデンティティの徴表ではなく、アイデンティティの危機の徴候である。この危機は見知らぬ他者の徹底した排除によって克服されるべきであるというのである。逆に寛容の徳は、一つのアイデンティティを前提する。このアイデンティティは、自らに確信があるからこそ、他者のアイデンティティを尊敬し、その発展を寛恕するのである。

宗教的‐世界観的多元主義の状況は、それ故二重の挑戦を内に含んでいる。一方で、多元主義的社会は、他者に対しての寛容がそのうちで行われることを頼りにしている。しかし他方そのことが可能なのは、多元主義的社会のうちに、アイデンティティの獲得とアイデンティティ維持の可能性が存する場合だけである。こうした可能性こそ安定した寛容を遂行しうるアイデンティティの形成に寄与するのである。アイデンティティ形成と寛容形成(教育)は互い他方の条件なのである。諸教会,諸宗教共同体はそこで特別な責任を担うことになる。これらにおいて二つのことが遂行されねばならない:他者との出会いを自分自身のアイデンティティへの脅威として恐れる必要のないアイデンティティの形成と、他者を他者として尊敬する寛容への教育とである。

だから諸教会と宗教共同体の責任は、決して自分自身に対する責任に留まらない。さらにそのうちで自由なアイデンティティ形成と寛容の責任ある実践が可能である社会的構造の維持と保全に対しても責任がある。寛容の限界が置かれるのはいつも、社会の個々人、ないしは諸集団への寛容の実践の諸条件が破壊されるところに於いてである。社会の全集団、また或る社会の全構成員に要求されねばならない寛容の形態は、寛容の遂行を可能にする社会構造に対しての寛容、つ、まり根本法とその現実化に対しての寛容である。この相互関係は次のように定式化することもできる:寛容が或る社会組織の内部で、ますます多く遂行されればされるほど、また自身のアイデンティティ形成とアイデンティティ確認の可能性が、ますます多く提供されればされるほど、この社会との、またその法体系、その諸制度との肯定的な同一化が一層醸成される。

宗教的‐世界観的に多元主義的な社会では、一つの対話的命令法が支配する。諸宗教、および諸世界観の対話は、拒否することもできるような一つの選択肢ではなく、多元主義的な社会が生き残りうる条件である。社会の中での個々の社会構成員、また社会集団がもつ、行動を導く確信や信念が透明にされるのは、唯対話においてだけである。一つの社会が決断を下す過程を規定する諸要因もこのようにしてのみ、社会自身にとって透明になるのである。対話は寛容の前提条件であり、またまたその最も重要な遂行形態である。寛容にされるのは、知り合いになった他者だけであり、未知の他者は脅威のままにとどまり、寛容にされ得ない。他者をして語らしめ、自らの信念そのものの叙述を可能にさせるということは、寛容の実践における決定的な第一歩である。自らの行動を刻印している信念を開き示すことによって、自らのアイデンティティを自分の共同体のなかでだけでなく、他の共同体に対して呈示することも、同様に自身のアイデンティティの形成の決定的な第一歩である。対話において公けに意見を表明することは、表明されうるアイデンティティのための条件であり、これが寛容を保持し、寛容を要請するのである。対話は――まさに宗教的‐世界観的基礎信念の対話――寛容の相互性への洞察への道であり、この洞察が相互の承認を可能にするのである。

2 グローバル化:強制された寛容によるアイデンティティの危機?

電子工学的伝達体系による地球全体の通信網化とそれによって可能となった地球規模での経済的、政治的相互作用は、21世紀初頭においてアイデンティティと寛容の問いがそのうちで提起される新たなコンテキストである。グローバル化の議論において二つの局面が区別されうる。そのうちの最初のものは、グローバル化の積極的な潜在的可能性を強調するものであり、第二のものは、グローバル化の否定的結果に集中するものである。両頭の怪物ヤーヌスのように、祝福と呪いの両面をもったグローバル化の曖昧さが、このようにして注目の的になったのである。このことは殊に、アイデンティティと寛容の問題にも当てはまる。

グローバル化がさしあたりコミュニケーション現象であるということはたしかに当たっている。電子的通信手段によってこの地球のあらゆる場所が潜在的に通信的同時性の状況になった。空間的隔たりは電子的地球村では、なんの障害でもない。こうして地球を一つの統一的な市場にする経済的営為の可能性が開かれている。生産と消費は世界規模の尺度で整備されうる。経済企業体の中の「世界的選手」はこの機会を素早く見抜き、その製品は地球全域で「全処臨在(omnipraesenz)」に達している。この臨在はかつては、神々や悪霊にだけ取って置かれたのであるが。

この全速力の発展は多くの問いを投げかけている。国民国家に立脚した政府組織は、グローバル化した状況の中で政治的統治の十全の可能性をなお所持しているのか?世界を動かす事実的形成力は、政府から世界的に活動している経済企業体に移行してしまったのか?どのような政治的社会的責任がこうした経済企業体にも課せられるのか? こうした企業体には、よい意味での個別利益においても社会的環境に配慮することが要請されねばならないのである。国民国家の間の契約に基づく国際法は、グローバル化した状況の中で、十分な法的庇護を提供しているのか? 国際的な基盤で活動する非政府組織(NGO)はどのような役割を担うべきなのか? 我々の文化的な相互理解の可能性は、通信網の拡大と歩調を合わせることができるのか。あるいは地球大のコミュニケーションは、実際の相互理解を欠いたままになるのか?

我々がグローバル化を寛容とアイデンティティの関係への問いのもとで考察する場合、西側でない国の視点から見るなら、西方諸国の経済的侵攻に対して、まるで自分たちに寛容が求められているかのような観を呈しているといえよう。この経済的侵攻は同時に、西方文化の諸象徴を非西方文化の文化的基軸通貨と為しているのである。強制された寛容は、アイデンティティを強烈に脅かされているとの感情を引き起こすもおのであり、この感情はグローバル化への抗議として発現している。徹底した非寛容――完全な自己閉鎖からテロリスト的暴力に至るまでの――が強制された寛容の結果であることがありうるのである。この力学が一人歩きしだすと、諸文化間の衝突に至る傾向を排除出来ないことになる。

もちろんグローバル化への抗議も、グローバル化の手本を免れてはいない。グローバル化批判もグローバル化そのものと同様グローバルである。その結果非寛容のグローバル化が生じることになる。グローバル化批判がテロリスト的な暴力を手段として用いると――これが9.11のテロ攻撃の少なくとも一つの面のように思える――この批判は地球規模のテロリスト的脅威を表示している。グローバル化を引き戻すことは出来ない。しかし強制された寛容によって、徹底した非寛容のうちにまたも表明されている一層深いアイデンティティ危機へ導くのでないような仕方でグローバル化が形成されることは、如何にして可能であろうか。「世界統治」への諸概念は、それがこの問いに如何なる応えを用意しているかに応じて、その適切さを測られねばならないであろう。

 

3 世俗主義と原理主義が対峙する緊張の場にある諸宗教

諸宗教はグローバル化とその諸結果に多大な影響を受けている。宗教史を考察するならば、キリスト教は伝道宗教としてその始めから世界的な拡大へ方向を定めていたように見える。たとえばヒンズー教のように、元来伝道宗教とはほとんど考えられない宗教はキリスト教及びその伝道との接触を通して、伝道への刺激を得て、同様に地球規模の拡大を目指すことになる。

近代化の世界規模での拡大としてのグローバル化の圧力のもとで、世俗主義と原理主義との、新たな強烈な弁証法が刻み出された。「原理主義」という概念――忘れられてはならないが――が世に流布されたのは、歴史批評とダーウィン流の進化論によってキリスト教の信仰の真理が疑問にされたことに対して、19世紀から20世紀への移行期に、自らを守ろうとしたキリスト教の集団が自分に与えた呼称としてなのである。この脅威に対する応答として彼らは、キリスト教信仰が譲ることの出来ない立脚点として「五つの基礎」を掲げた。第一の聖書の無謬性の主張は次に続くもの(処女降誕、身代わりの贖罪、身体的復活、キリストの再臨)の根拠となるものである。原理主義は、これを他の宗教、例えばイスラムやユダヤ教にも適用して用いる場合でも、或る決定的な特徴を備えている。原理主義はいつも、懸念されるアイデンティティへの脅威に対する一つの反動なのである――その脅威は大抵は世俗主義という形で現れるものであり、この世俗主義は、宗教的真理要求を掘り崩し、宗教的文化の破壊をもたらすように思われるのである。この反動において原理主義は世俗主義的な宗教批判の要覧を取り入れ、それを逆にするのである。自らの宗教の攻撃された諸相は、真の宗教の「アイデンティティの目印」へと衣替えされる。だからキリスト教の原理主義は聖書の無謬性を第一の原理的な核と呼ぶのであるが、例えばキリスト教の三一神論はキリスト教の原理的な核に数えないのである。ここからイスラム原理主義が、婦人のヴェール着用を、それが何らイスラムの五つの柱に数えられないのに、「アイデンティティの目印」とするかが判る。あらゆる宗教的真理要求の相対化として、それゆえ同一性への差し迫った脅威として経験される世俗主義の進展が、原理主義的反動を呼び起こすのである。しかしそのようにして原理主義は、自らが擁護しようとした宗教に歪曲をもたらす。原理主義において原理的と見なされる宗教的実践、或いは信仰教説の諸相は、それが世俗主義的挑戦への防御において「アイデンティティの目印」として機能しているので原理的とされているが、宗教的伝統の尺度で測られるなら、ほとんど原理的とは見なされ得ないのである。

神学的に解釈するなら、原理主義は間違った場所に根源性を見る現象である。キリスト教的原理主義を例にとってみればそのことは容易に納得されよう。聖書は神の啓示の証言であり、媒介であって、啓示そのものではない。聖書はその権威を無謬の書であるがゆえに所持しているのではない(そうなるとキリスト教的な理解はコーランに対するイスラムの見方と近いことになる)。そうではなく聖書は、神の真理の自己啓示の証言、道具として権威を所持しているのである。キリスト教的信仰告白はそれ故三一なる神への信仰の告白であって、一冊の本への信仰告白ではない。さらにキリスト教的見方からするなら、聖書への信仰はイエス・キリストに対する信仰の前提ではない。むしろイスラエルとイエス・キリストへの神の啓示が、この啓示の証言としての聖書の意味なのである。キリスト教信仰の原理主義的歪曲はそのかぎりで、キリスト教的パースペクティブからだけ正されうる。原理主義的立場の宗教的不適切さと神学的いかがわしさが宗教的神学的に批判されることによってである。宗教の度を弱めることが、原理主義の修正の鍵なのではなく――世俗化の度を強めることは、原理主義のさらなる推力をかき立てるだけであろう――鍵は深められた宗教である。神学の度を弱めることでなく、神学をよりよくすることこそ、原理主義の治癒に貢献しうるのである。

ここから明らかになる課題は、寛容の源泉を宗教的伝統そのもののうちに尋ねることである。寛容の命令は宗教的アイデンティティの相対化のうちに根拠づけられるのでなく、宗教的アイデンティティの深められた自己化のうちにである。この課題によって必要となってくるのは、寛容の根拠づけの手助けとなることが明らか方策を、宗教的伝統のうちに探し出すことである。原理主義が間違った場所に根源性を見る現象であるなら、これが修正されうるのは、その批判が宗教的伝統の根源に遡って根拠づけられることによってだけである。

4 寛容と信仰の真理の確実さ

諸宗教における寛容思想の歴史の考察は、寛容の宗教的妨害を、しかしまたその宗教的根源を発見するのに寄与しうる。この歴史はきわめて両義的である。というのも確立され宗教的伝統の文脈のなかで成立した全ての宗教は、最初自分自身のアイデンティティのための寛容を獲得しなければならなかった。それらが――支配的な宗教伝統として自らを貫徹した後に――他の宗教的な生の方向付けに対して寛容を認めうるかどうか、また如何に認めうるかとの問いに直面する以前にである。宗教的伝統の要求への批判において定式化された近代の寛容概念の歴史の問題性は、つぎの点に見うる、つまり寛容の要求は、宗教的真理意識の相対化を内に含んでいるように思われ、この相対化は宗教的アイデンティティの弱体化をもたらすように思われるということである。寛容の近代的把握は、その様々な形態において、世俗化を伴っており、その結果世俗的理性は宗教的信念の納得の尺度になるばかりでなく、寛容の尺度にもなるのである。だから寛容を認められるのは、世俗の理性の尺度にしたがって正当化されうる信念と行動なのである。人格の承認と、理論と生活実践において自らの信念を表明する権利、そしてその寛容の認容度は、その信念が世俗的理性の議論の場でどれほど正当化できるかにかかっている。寛容の尺度が世俗的な理性の諸尺度に適しているか否かという基準によって決められるとすれば、このことは宗教的アイデンティティを脅かすことと解されねばならない。この宗教的アイデンティティは世俗的理性に根拠付けられるのでなく、自らの宗教的伝統の基礎に、そしてこの伝統を根拠づける啓示に根拠づけられているのである。宗教的アイデンティティのこの弱体化がまさしく、宗教的なものの原理主義的な肯定に対面して、他のすべての宗教的世界観的方向付けに対する不寛容として走りだす。寛容の要求が不寛容を導くというこのジレンマからの逃れ道は、寛容が宗教的真理意識そのもののうちに、宗教的アイデンティティの核心のうちに根拠づけられうる時にのみ見いだされよう。宗教的アイデンティティに根源を持ち、それ故このアイデンティティを疑問視するものとして現象する必要のない、寛容の宗教的根源は存在するのか、寛容のそのような根拠は存在するのか。

キリスト教神学の枠組みにおいては、宗教的伝統に根ざした寛容の理解の根拠づけは、キリスト教信仰そのものの性格から展開される。この性格は殊に宗教改革の神学から明確に彫琢された。この理解によれば信仰は決して人間の業ではなく、キリストの音信の真理についての偶有的に与えられる確信に基づいている。宗教改革の神学は信仰の成立のための条件を明確に彫琢したのである。

一方で信仰は福音の宣教に結びつけられている。イスラエルに対する、またイエス・キリストに対する神の働きについての解放的な告知の約束にである。この神の働きによって神の救いは世界に対して実現されるのである。信仰のこうした相を言い表すもっとも鮮明な文章として、パウロの次のような言葉が引用されてきた:「信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである」(ロマ10,17)。信仰はコミュニケーション的出来事の結果として理解されている。この出来事において、救いを創出する神の働きの音信が、告知と聴従においてさらに伝達されてゆくのである。キリスト教的共同体はそれ故、なによりも常にコミュニケーション的共同体である。神との出会いは人間の間のコミュニケーションの媒体を通して遂行される。神の言葉が肉と成ったということは、それ故、人間的、被造的、身体的なコミュニケーションの実践の聖化である。このコミュニケーションの実践ははその独特の性格、その内容、その形式を、この実践が聖書の解釈であるということの内に持つ。聖書の解釈によってキリスト教的共同体は、聖書の多様な形態での証言によって証示されているように、イスラエルとイエス・キリストにおける神の働きの証言に関わる。このようにキリスト教的な信仰共同体は、コミュニケーションの共同体としていつも同時に解釈の共同体なのである。キリスト教の信仰はこの解釈共同体のコンテキストにおいてのみ成立しうるのであり、育まれうるのである。宗教改革の神学が中世的なカトリック教会の位階制を批判して、信仰者全員が牧者である(万人祭司)ということを批判的に強調したことは、それ故女性であれ、男性であれ、全てのキリスト者が、聖書の解釈を通じてキリスト教の信仰についての教えを自分で判断できるようにされており、そのことへと召されているということに構成的に結びついているのである。信仰の構成が、聖書の解釈に基づく福音のコミュニケーションに結びついているように、信仰に由来する寛容も、コミュニケーション共同体の中においてだけ覚え込まれることができるのであり、聖書の解釈にその基礎を見いだしうるのである。信仰と同様、信仰に由来する寛容も、共同体の具体的な生活を前提にしているのである。この共同体は聖書の解釈のうちで、また聖書に証言された音信についての持続的なコミュニケーションのうちで、生活の指針を見いだすのである。

他方で、宗教改革の神学によれば、キリスト教信仰は次のことによって構成されている、つまりイエス・キリストにおける世のための神の救いについての宣べ伝えられた音信を、個々の信じる者に対して、神御自身が御霊を通して実証されるのであり、確実にされるのである。ソトナルコトバ(berbum externum)、外的な標識に結びついた、キリスト教的音信の告知における神の働きの証言は、聖霊のウチナルショウゲン(testimonium internum)によって確かにされるのである。この確実さの構成は宗教改革神学においては、人間の心の照明のうちに存する神の至高なる創造の行為として理解される。これについても宗教改革の神学の視点からすれば、その聖書的根拠はパウロのうちに見いだされる:「「闇の中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、私たちの心を照らしてくださったのである。こうして我々を通して、キリストの顔に輝く神の栄光の認識に至る照明が生じるのである」(IIコリント4,6)信仰を可能にする確実さが創られるのは、外なる言葉によって伝達されたキリストの音信が真理として人間を照らしだすところに於いてである。この真理はこの音信そのものを含んでいる。というのもこの音信は、神の栄光の輝きによって人間の心の闇を照らし出すからである。信仰の真理の確実さの構成は、神の至高なる創造行為であり、この行為は聖書の証言に根拠付けられた宣教の音信の真理を、信仰する者に対して実証するのである。

この確実さは信仰者自身によっても、また他者によっても創出されはしない。この確実さは人間に対して操作不可能なものとして開示されねばならない。人間的な視点からは、信仰は贈られるのであって、創りだされるものではない、ということが妥当する。宗教的な確実さの成立に関するこの理解は、キリスト教的な理解からすれば、キリスト者だけに当てはまるものではなく、あらゆる人間に当てはまる。そしてこの理解は、信仰の確実さの構成にだけでなく、あらゆる確実さにも当てはまる。良心を既存の教えに拘束しようとする教会的なまた世俗的な支配の要求に反対して、宗教改革の中で描きだされた良心の自由の根拠付けはここにこそ存するのである。

自らの信仰の確実さの構成への洞察に寛容を根拠付けること、従って聖書の証言とキリスト教的告知の外的言葉のもとで形成されることによって特徴づけられ、またこの音信の真理についての、偶有的に内ナル証言testimonium internumとして贈られた洞察によって構成されるような自らの宗教的アイデンティティの地盤に寛容を根拠付けることは、あらゆる宗教的な真理要求の相対主義的平準化からは根本的に区別される。相対主義があらゆる宗教的真理要求にせいぜい真理への部分的な洞察を認め、従ってそれらの洞察の弱さ、その真理認識の不完全さを寛容の基礎であると言明する限りでは、相対主義は単に見かけ上の寛容への道であるにすぎない。しかし同時に相対主義そのものは寛容に対して無能力であることが明らかになる。というのもこの思想は「すべての真理要求は相対的である」という自らのドグマに対しては絶対的な妥当性を要求し、相対主義のこの信条の否定に寛容ではないからである。相対主義は自らの立場に排他的な妥当性を要求しながら、他方他の立場にはこの要求を認めない。これは不寛容の典型的な姿勢である。寛容は、他の真理要求を認容する積極的な寛容として、また自らの真理要求を主張する他者の権利の承認として、それが自らの真理の確実さに根拠付けられているところでのみ、可能である。他者の信仰に寛容であることは、信仰に由来する寛容としてだけ可能なのである。しかしこうしてまた寛容の相互性も視野に入ってくるのであり、そこで寛容の実践は、異なった真理信念の間での安定した関係を創り出すことになるのである。他者の確信に直面して寛容が維持されるところでのみ、自らの確信に対しても寛容が期待されうるのである。強要された寛容は、不寛容になるが、他者に対して維持される寛容は、他者に対して、彼等自身も寛容を維持するようにとの誘いを含んでいるのである。

自らの信仰の確実さの構成の意識に基礎づけられた、信仰に由来する寛容は、相対主義的平準化から根本的に区別されるが、しかし自己相対化の要素を含んでいることを見過ごすべきではない。この相対化が成り立つのは、確かさを創出する神の働きに基づく信仰の構成から、信仰そのものが解き放たれることはできないということのうちにである。そうではなくいつもこの関係のうちでのみ成り立っているのである。信仰の真理の確実さはそれ故、神そのものである真理の、人間の意のままにならない開示に深く結びついたままに留まるのである。信仰の確実さはそれ故いつも関係のうちにある真理である。つまりこの確実さは、神が自らの自己開示において伝達する真理に参与することであり、この参与は人間に信仰において保持されるのである。だから真理は厳密に神学的に理解されねばならないということ:つまり神の本質は、神が自己開示の誠実さのうちで、貫徹した真理であるということが、キリスト教的伝統において繰り返し強調されてきたのである。それ故真理の統一は信仰の言表の体系のうちに位置づけられることは出来ない。むしろ神自身が真理の統一であり、この統一に、あらゆる真理は、それがどこでどのように開示されるにせよ、与っているのである。だから真理は信仰においても、人間の所有ではなく、意のままにならず、神によってもたらされた贈与に留まるのである。

この洞察は絶対性と相対性の理解にとって奥行きある帰結を伴っている。絶対なのは、キリスト教信仰にとって、その本性が真理である神自身だけである。

あらゆる真理は、それがどこで開示されるにせよ、神である真理に厳密に相関的である。だから真理のこの神学的な理解によれば絶対性の性格は、宗教の諸制度やその教義体系、その礼拝実践、その位階秩序、その行動規範に移し入れられてはならないのである。これらのものは、これらを根拠付ける、神の自己開示の出来事に厳密に相関し続けるのである。この開示が信仰の確かさを構成するのであり、諸制度等々はいつも批判しうるのであり、改革されうるのである。この神学的理解によれば、宗教実践のあらゆる様式は、それが証言的性格を有し、自らを去って、その証言の根拠であり、対象である神を指し示すという点において相対的なのである。確かさを創出する神の啓示の絶対的権威は、啓示の証言の、多様な制度的、個人的形態に移し入れられ得ないものである。信仰の確実さが自己相対化の力をもつのは、確実さの根拠を神の自己開示に基付けるまさにその基盤においてなのであり、それによってこの確実さは証言でありつづけることができるのであり、自らの相対的表現形態を神の啓示の絶対的権威の代わりにしないで済むのである。

自らの信仰の確実さの構成に寛容を根拠付けること、キリスト教神学の表現で言えば、信仰の意のままにならない贈与の経験のうちに、また他者の信念(Überzeugung)に直面して自らの確実さ(Gewissheit)を疑問に付するという犠牲を払う場合にだけ自分に拒まれる、そのような自らの確信に基づいた良心の自由(Gewissensfreiheit)のうちに寛容を根拠づけることは、寛容の限界への明瞭な洞察を含んでいる。良心の自由に干渉しようとするあらゆる試みは、この自由を否定するものであれ、確実さ形成に積極的に関わるものであれ、寛容の対象にはならない。良心の自由が最も効果的に否定されるのは、行動を導く人間の確信が教えられうるという前提から出発するところにおいてであり、教説の内容やその真理要求だけでなく、教説の真理に関わる確実さも積極的に作りだしうると言う前提から出発するところにおいてである。あらゆる全体主義的イデオロギーの共通分母は、確実さを創出しようと試みたり、また自らの洞察の確実さに根拠付けられた良心の自由の妥当性を制限しようと試みたりすることのうちにある。だから暴力への問いは、寛容の限界の線を引く。暴力は他の信念を表明する人間に対しての物理的暴力から初めて始まるのではない。確実さ形成に干渉するところ、他者の確実さ或いは自らの確実さを意のままにしようとの試みがなされるところで、暴力はすでに始まっているのである。他の信念をもった人間との交渉において暴力を断念することは、自らの信念の表明を、次のような様式に制限することを内容としてしている、つまり確実さの形成は人間に可能な業ではなく、意のままにならず、自由な仕方で生起せざるをえないということを尊重するような様式にである。

5 神の寛容と信仰に由来する寛容

これまでキリスト教的な宗教的アイデンティティに根ざした、信仰に由来する寛容を根拠づけるために、信仰の真理の確実さの構成にだけ関心を振り向けてきた。これはもちろん信仰に由来する寛容の一つの面に過ぎない。これと分かちがたく結びついた面はもう一つの面は、キリスト教信仰の内容に由来する寛容の根拠付けである。この内容的な根拠付けのために、最近の20年間の福音主義神学の議論においては繰り返し、ルターが1536年に記した「義認ニツイテノ討論」の一節が引用されてきた。これはG.エーベリンクが注意を喚起したものである。業による人間の前での義認と、信仰による神の前での義認とが対比される文脈において、次のように問うている。不信仰な者の業が、神の前での義認のために誤って用いられるなら、偽善以外のなにものでもないとされるのに、この業を神がかりそめのこの世の富みで報いられるのは何故かと。ルターはこれに次のように答えている、こうしたことが起こることを、自らの義を立てようと努める不信心な者に目をむけて理解してはならず、また為された業の質に目をむけて理解してもならない。むしろ神の測りがたい寛容と智恵に目を向けて理解すべきである。神の真理に逆らって生きる、罪に囚われた人間にあてはまる神の寛容は省察の主導概念になっている。

ルターは神のこの寛容に対して、さし当たりいわば実際的な根拠付けを次のようになしている。つまりより小さな悪を黙認することによって、あらゆる生活状況を逆転させてしまうより大きな悪を阻止すべきであると。この意味で公共の安寧が保たれるために、人は国家において、劣悪な人間に我慢しなければならないのであり、また病気の治療においても、根治術を試みて、生命そのものを破壊してしまわないためにも、不治の病を忍ばねばならないのである。この実際的な論証に並べて、ルターはもちろん明らかに神学的な論証をしている。信仰による義認によって神によって聖化された人々も教会も、神の寛容を頼りにしている。というのも彼らのうちで神による義認により新しい生が確かに始まっているが、彼らはしかし、神が彼らにおいて神の義の内での新しい生の現実を完成されるまでは、義人ニシテ同時ニ罪人であり続けるのである。神の寛容は不信仰な者にも、義とされた者にも妥当する。その寛容は両者において、なお付着している神に対する反抗という罪の現実に対して妥当する。一方は罪に囚われた状態から未だ解放されておらず、自らで自分の解放を求めている囚人達であり、他方は神の判決により牢獄からの出口が拓かれている解放された者達である。神は御自身の義を実現されるために、自らに耐え難いこと、罪の反抗に堪えておられるのである。あらゆる人間が、義とされた者も、不信仰な者も罪人であり、神の寛容に基づいて生きているのである。

神の寛容のこの理解に向けて自らを方向付けることは、キリスト教的神学的に根拠付けられた、信仰に由来する寛容にとって何を意味するのであろうか。いずれにせよそれは、信仰者達がいわば神の寛容を自らの為に要求したり、「神が寛容であられるように、私もまた寛容であろう」という格率でもって、寛容を行うことを意味するのではない。神の業と人間の業の区別と関係という宗教改革の神学の核心であるものが「義認に関する討論」においてもまさに前提されている。神そのものである真理に対して、信仰の真理の確実さを自己相対化する際の相対化を我々がスケッチしようと試みたのとよく似た、信仰に由来する寛容の自己相対化がここで結果する。寛容は次のような問いに身を向ける、つまり神の寛容への信仰の洞察から、人間的に寛容を行うことが信仰者にはどうして可能になるのかとの問いに。ここで確認されるべき第一の洞察は 神のみが すべての人間の審判者であるというものである。最後の審判において神が下されるであろう審判は 人間の判断ではない。最終審判者である神が 罪の反論に対して寛容であられるとしても 神の立場で罪に対して最終判断を下すということは 信仰者のなしうることではないのである。人間の行うあらゆる判断は神の判断に面するなら、厳密に相対的であり、いかなる絶対性を僭称することも許されない。人間的寛容はそれ故、神の寛容の地平において行われる。第二の洞察は 信仰者をもう一歩先へと導いて行く。キリストの故に信仰による恩恵によってのみ我々を義とされる神は、我々がこの世を生きている限り、克服されたものとしてにせよなお存続する我々の罪に対して寛容を示されるように、不信仰者の罪に対しても寛容を示されるということである。我々は信仰者であれ、不信仰者であれ、全て罪人であり、神の寛容に頼っているという意識において、寛容を行うことができる。信仰者と不信仰者の区別は、両者とも罪人であり、神の寛容に基づいて生きているとの洞察によって敢えてなされる。これに第三の洞察が加わる:神は人間の業と人格を区別することにより、裁きを行い、寛容をなされるとの洞察である。神の審判も神の寛容も、宗教改革的理解によれば、「人間は彼が為す者である」との原則に基づいて方向付けられるのでなく、人間は神の愛の力によって方向付けられて創られた者である。このことは、宗教改革的理解によれば、信仰において義とされた罪人の自己理解の核心である。神の義認の判決により、人格存在は、その業績から区別される。神が彼らに授けられる承認は、神の愛の贈与により構成された人格存在にも妥当するのであって、神が彼らの業の功績の質を承認されるということを通じてではない。人間の人格存在の印は、人間の業績の尺度に即して測られるべきでなく、また人間の能力、また無能力の基準に従って測られるべきではなく、神の人間に対する関係によって測られるべきなのである。神の寛容の地平で為された、信仰に由来する寛容にとって、人間の人格存在に面しての寛容は、その確信と行動が拒絶されるものであるところでも妥当する。この考えの最も徹底した帰結は、キリスト教信仰においては、敵への愛の教えである。敵でさえも愛されるべきである。彼らがその敵対性においても愛する価値を所有するように思われるからではない――それは倒錯と境を接した、人間の愛の能力を超えた要求であろう――そうではなく、彼らは神によって愛されているからであり、その人格存在が神の似像の印を帯びているからであり、彼らも信仰者同様神との和解に与ることへ召されているからなのである。この和解を神はイエス・キリストの十字架と復活において成し遂げられたのである。神の寛容に方向付けられた、寛容の実践の最も徹底した帰結が信仰者に可能なのは、その固有の信仰が次のような確信によって生かされているからである、つまり自分たちがなお神の敵であった時、神が自分たちに愛を示されたという確信にである(ロマ5,10)。それは、彼らがなお神の敵であった時、神によってすでに愛されていたという洞察であり、この洞察によって信仰者は、敵のうちにいわば、もう一人の自分alter ego、を認めることができるようになるのであり、自分たちがなお神に敵対して生きていたにもかかわらず、神の愛がそれでも自分たちにも妥当していたそのときの自分を認めることができるようになるのである。

信仰に由来する寛容の内容的な方向付けの簡単なスケッチによっても寛容の限界が描き出されている。人間の人格の尊厳を破壊しようと目論み、人間のうちなる神の似像を消し去ることを目指す確信や行動が寛容を受けることは許されない。対立し、拒絶されるべき確信をもった他者に対して、その他者がその人格において神の似像を帯びているという理由で、寛容であるべきであるという義務は、まさしく同様に、人間の人格の尊厳を侵害し、人間のうちの神の似像を否認しようとするあらゆる試みに抵抗することを義務づけるのである。非人間的な暴力の追放は、信仰に由来する寛容が倫理的に内包するものである。

6 寛容の条件としてのアイデンティティの育成

これまでの考察から、宗教改革的キリスト教の伝統の視点から、どのようにして信仰に由来する寛容が根拠づけられうるかが示唆されたことと思う。この試みは、この伝統の独特の神学的洞察から意識的に出発している。宗教と世界観の多元主義という状況においては、社会での人間生活の形態に関して、万人に共有された共通の基本的信念など存在しないように思われる。この状況の中では、社会の特定のグループ・共同体に対して義務を課す性格をもつ信仰の信念を引き合いに出す時に、最もうまく、寛容の根拠付けが成功するように思われる。その場合、こうした試みを導いているのは、次のような推測である。即ち、ユダヤやイスラムの宗教伝統、或いは他のキリスト教的伝統からも、さらにはその他諸々の宗教伝統からも似たような寛容の根拠付けが成立しうる、という推測である。様々な宗教伝統が、寛容をそれぞれの宗教的根から根拠付けようと試みる際に、相互に促進しあうことが可能になり、自分たちの見解を対話の中で豊かにするときにこそ、寛容の根拠ならびに限界をめぐる議論が本当の意味で前進を見ることになろう。

(しかしそうした試みはまた、それぞれの信仰共同体の宗教的同一性にその基礎をもつ寛容の文化のための制度的諸前提を明らかにすることにもなる。国家が法秩序の概括的条件――この法秩序のおかげで、様々な宗教共同体は、信仰の文化を育成するための諸制度を保つことが可能となるのだが――しか設定しえない以上、こうした制度的諸前提は、部分的にしか国家によって保証されることは出来ない。国家は、世界観に関する中立性を自らの義務として背負うことを自覚している故、こうした課題に限定されざるをえない。国家の市民に対して、体制の尊重にとどまらず、行為の指針となる特定の基本的信念を義務づけるという試みは全て、容易に全体化の傾向の間近に陥ることにしかならない。即ち、規範的世界観の指針によって市民の宗教ならびに良心の自由に介入するという、全体化の傾向である。だが、同時に次のことにも注意を払わねばなるまい。それは、ある国家の共通の幸福とは、国家自身は生みだしえず、また生み出すことが許されない諸前提にこそかかっている、ということである。そして、まさしくそのような諸前提に属するのが、宗教と世界観の基礎指針なのである。その指針に基づいて幸福の内実は決められなければならないし、また、その指針こそが、ある社会で実現すべき善を定義するのである。従って、法秩序によって保証される社会的共同生活の概括的条件は、内実の明確な人間像の中で法秩序を保つことを支える諸々の基礎のために場を提供しなければならない。そして、国家の法秩序は、寛容の実践に対して、国家の法秩序に違反した非寛容の諸形式に罰則を課す概括的条件を定めることしかできないのである。寛容の実践のために国家が頼り続けるのは市民社会の諸制度であって、国家はこの市民社会の諸制度を法的に可能にし保護することだけはできても、その内実的形態をも引き受けることなど、正しく理解された[国家の]自己限定からすれば、許されることではない)。

宗教改革的神学のパースペクティヴからおこなってきた信仰に由来する寛容に対する私たちの考察は、寛容が、もっぱら個々人の良心の自由に基礎づけられた個人の徳ではないということを、既に示していた。まさしく、個人的寛容は、社会的共同体を前提としているのである。即ち、寛容をなしうる共同体の中での個人的アイデンティティ形成のための条件が、堅い社会的アイデンティティによって保証されうるような社会的共同体を前提としているのである――そして、それはアイデンティティの基礎をコミュニケーションの実践の中で想起するような共同体である――。この点で、宗教共同体や教会は、市民社会の中で特に重要な役割を果たす。宗教共同体や教会とは、アイデンティティ育成の制度だからである。そして、その制度によって、宗教と世界観の多元主義という状況の中で、寛容をなしうる個人的アイデンティティの形成のため生活関係を提供する社会的アイデンティティの陶冶が可能となるのだ。個々のメンバーがどれだけ多くの寛容を得ることができるかは、宗教共同体や教会としての生の中でどれだけ多くの寛容を実践するかということに依存するのではない。寛容の条件としてのアイデンティティの育成は、次のような前提から出発する。つまり寛容の実践が、個人的-社会的アイデンティティを疑問に付したり、それを危機にさらすような様相を呈するのでなく、そのようなアイデンティティから発し、それに根拠づけられるときにこそ、寛容の実践は実現されうるのだ、という前提である。

信仰に由来する寛容の宗教改革的基礎づけのために示されうることは、同様の形で、ユダヤやイスラームにおける寛容の宗教的根に対する反省にも当てはまる。そのような反省もまた、生の指針となる伝統という解釈共同体として生を形成している共同体の実践を前提としており、かつ、こうした仕方によって、寛容の問題についても生の指針の基準を聖典の中に求めているのである。

7. 寛容から連帯へ

グローバル化の時代において、個々の宗教的、世界観的共同体においてアイデンティティ育成がなされたとしても、それだけではまだ、個個人間で、また共同体間で寛容が正しく、温和に実践されるための、十分な条件とはいえない。グローバル化によって明らかになったのは、私たちがもはや、独立的で自律的なまとまり(例えば、19世紀の国民国家のように)によって定められた世界の中に生きているのではないということである。私たちは、多次元的な相互依存の時代を生きている。どんな国家も、社会も、共同体も、そして共同体内の個人も、いろいろな仕方で互いに結びついている。こうした相互依存は、単に政治的問題の中で示されているのみならず、何よりも、経済的な相互依存性という一つのネットワークに取り込まれていることにこそ、よく示されている。グローバルに活動するテロリズムさえもが、この相互依存を利用している有り様である。ただ、その相互依存が単に世界経済や国際政治というマクロコスモスの中に存在しているのみならず、我々の諸々の生活条件というミクロコスモスの中にまで否応無く反映されている、ということを確認するのが重要である。グローバルなものの相互依存に関係をもたないローカルなものなど、存在しないのである。

21世紀が直面している決定的な問題とは、この相互依存の形成である。(相互依存の形成がマーケットの力のみに委ねられた場合、経済的手段だけでは解決できない衝突を招くと、多くの人々が指摘している。ベンヤミン・バーバーが挑発的に定式化したように、世界経済の未来は、「ジハード vs. マクドナルド」の戦争によってしか決定されないというのだろうか?同様に、グローバルな相互依存が国民国家にのみ基づく政治形態をとる場合、結局、この相互依存が超国家的構造をしているために、その政治形態は挫折するということも、明らかになっている。地上の各地で新たに芽生えつつあるナショナリズムは、経済的相互依存の構造に対する無力な反動である。こうした状況の中で、教会や宗教共同体にこそ、決定的な役割が与えられている)。諸世界宗教は、既にグローバルな相互依存のネットワークの中に存在し、国家の境界も、経済的提携関係や商業組織の境界も踏み越えている。諸世界宗教が対峙している挑戦とは、次の問いに定式化できる。即ち、諸世界宗教は、すでに存するグローバルな相互依存を一つの形態に仕上げ、グローバルな関係の正しく平和に満ちた秩序を実現する手助けのために、どのような寄与をなしうるか、との問いである。

ここで、様々なグループ・共同体・国家・宗教が平和共存するのを保証するには、寛容というだけではまだ十分ではないということが明らかになる。グローバルな相互依存の挑戦を前にして、寛容から連帯への道が模索されねばならない。信仰に由来する寛容という構想は、グローバルな相互依存の状況を形成する諸々の可能性を認めさせるだろうか?各々の宗教的アイデンティティに根ざした寛容は、様々な宗教共同体に相互に寛容をなすことを可能にさせる。だが、それが可能になるのは、各々の自分自身の伝統や信仰の確信の中に見出される根拠に基づいてである。諸宗教は、様々なグループ・社会・文化が連帯するための本質的な貢献をなしうる。ただし、そうした連帯が同一の基礎に基づくのではなく、参加した人間・グループ・共同体によって――もちろん、共同体の中で認められた目標を目指して――その都度、自分自身の確信というパースペクティヴから根拠づけられるべきだということを明らかにできたとき、そうしたときにこそ、連帯への貢献がなしうるのだ。

寛容から連帯への歩みは、世界の地平の上ではなく、ローカルなコンテクストの中で始まる。ローカルなコンテクストとは、様々な信仰の確信や基礎的指針を持ついろいろな人々や共同体が、自分の生を社会の中で形成する方法を見つけるために集う場である。そう、自分達の共同体の幸福のために、そして、全体としての社会の幸福のために集うのである。この目標を促進するため、教会や宗教共同体は、寛容の実践が宗教的基根から根拠づけられるようなアイデンティティ育成の制度であれ!という課題の前に立たされている。それだけではなく、社会的対話の制度であれ!という課題の前にである。つまり、信仰の確信についてのコンセンサスを目標とするのではなく、様々な確信からなる連帯を目標とする対話の制度であれ!との課題にである。そうであるなら信仰に由来する寛容は、対話の中での差異と共同性という意味での社会の形成を実現するための最初の重要な一歩たりえよう。

(翻訳:片柳)

京都大学文学研究科21世紀COEプログラム 「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」
「新たな対話的探求の論理の構築」研究会 / 連絡先: dialog-hmn@bun.kyoto-u.ac.jp