研究会趣旨


人類はこれまで、いくたの帝国の興亡を経験してきた。そして今日でも、「帝国」は死滅せず生命力を保ち続けている。植民地支配は――すくなくとも政治的支配という意味では――ほとんど地球上から消滅したのだが、「帝国」という用語でもって理解されるシステムは、現在でも存続しているのである。しかし、今日のグローバル化時代の帝国システムは、それ以前に存在してきた帝国システムとは異なるものになるのかもしれない。

 グローバル化時代以前、つまり前世紀中葉までなら、それぞれが自己充足的のものであろうと、あるいは相互連関的なものであろうと、複数の帝国システムが、同時に並列して地球上に存在してきた。古代では漢帝国とローマ帝国が並存し、また、イスラーム世界帝国をあいだに挟んで、西にはビザンツ帝国や神聖ローマ帝国、ハプスブルク帝国が、東には中華帝国(隋唐、宋、元)やモンゴル帝国が並存していた時代があったのである。グローバル化時代直前には、イギリスやフランス、ドイツ、イタリア、ロシア、さらにはアメリカが、争いながら領土・植民地拡張を通じてそれぞれの帝国システムを構築していた。近代帝国主義時代とよばれる時代のことである。やがてこれらの西洋起源の帝国システムは、オスマン帝国を襲い、さらに東方の清帝国をも脅かしていく。日本が独自の帝国システムを築くのも、この時代である。

 第二次世界大戦までは複数が並存してきた帝国システム。そのシステムは、グローバル化時代に入るとどのように変容するのだろうか。単一の帝国システムが地球全体を覆い尽くすのか。それとも人類は、多元的世界を志向して、性格の異なる帝国システムが並存するという経験を続けるのだろうか。

 本研究は、古代から現在にいたるさまざまな帝国システムの比較研究をおこなうことを通じて、帝国システム間の相互影響作用や、帝国システムが有する功罪の検証などをおこない、そのうえで、グローバル化時代に入っての変容を展望しようとするものである。

 いいかえれば、本研究の分析枠は三つからなっている。過去生起した帝国システムの比較検討。これがまず一つ。第二は、ふつう帝国主義とよばれる19世紀近代の帝国システムそのものと、それが現在につながる時代に及ぼした功罪の分析。最後は、――これが本研究のもっとも重要な分析枠だが、第二次世界大戦後加速するグローバル化のなかで、アメリカを中心とした現代の国際的な支配秩序がいかに形成され、変容していくのかを検討する。アメリカを中心としたそのような支配秩序を帝国システムととらえることの当否を含めて検討することが、第三の分析枠では必要となるだろう。

 また本研究では、帝国システムを政治的かつ文化的な側面から総合的に把握するために、狭義な意味での歴史研究だけでなく、ポスト・コロニアル理論などの文学研究との協同をもおこなう。

 経済史・政治史研究からスタートした帝国研究は、近年、社会史・文化史研究へと広がり、その内容を豊かにしつつ総合化への段階に入ったといえる。また、昨年末からにかぎっても、山本 有造編『帝国の研究−原理・類型・関係』 (名古屋大学出版、2003年11月)や、山内 昌之『帝国と国民』 (岩波書店、2004年4月)など、優れた研究書の公刊があいついでいる。本研究は、政治史や国際関係史、社会文化史など各分野の研究者の参加をあおぎ、帝国研究が突入したあらたな地平をさらに広げることを目指すものである。



トップページへもどる