21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第12回研究会レジュメ

《報告2》

 2005年1月29日(土)
於:京都大学文学部新館

4世紀イラクにおける地域文化としてのキリスト教
そのマイノリティーとしての自己意識 ―

武藤 慎一

【要旨】

序論

(1)問題

 近代では、キリスト教が個々の地域の人々と初めて接触する際、世界宗教(普遍)と地域文化(特殊)の出会いという構図が、一般に考えられている。しかし、これはキリスト教自体に必然的なことなのだろうか。その反対の構図の場合それは、どのように異なった様相を呈するのだろうか。この興味深い問いに答えてくれ得るのが、4世紀のイラクである。強力なササン朝治下の諸地域の一つメソポタミアでは、ユダヤ教と共にキリスト教がペルシア帝国内の少数派としてのアラム語圏の住民と土着のセム文化の共通の基盤であった。体制側の宗教ゾロアスター教が力をもって彼らの地域に入ってきた時代に、彼らはどのように反応したのだろうか。そのキリスト教徒たちは当時、自らをどのように認識していたのだろうか。本研究は、アフラハトが著した『論証』に映し出された彼らの自己意識を扱う。

(2)4世紀イラクのキリスト教の背景

 本研究でいう「イラク」は、現在のイラク地域を表す地理的概念である。ティグリス、ユーフラテス川の間に挟まれた地域を指し、これは古代のメソポタミアとバビロニア地域にあたる。4世紀イラクの背景は現在と大きく異なっていた。古代メソポタミア文化を継承するアラム人は、支配者側のペルシア人とは異なる民族だった。宗教的には、古来の異教がキリスト教に取って代わられていた。アラム語(シリア語)はセム語族に属し、ユダヤ教徒もアラム語を使用していた。彼らはキリスト教徒と違って、ゾロアスター教を国教とするササン朝から迫害を受けなかった。

(3)研究史

 現在の初期シリア・キリスト教研究全体の方向性を決定づけたのは、R・マリーである。彼は研究対象を無理に外からの枠組みにはめ込むのではなく、それ自体に即した研究方法を採った。さらに、この方法論をアフラハトに対象を絞って適用したのがP・ブルンスである。初期シリア教会の研究者は、ギリシア語圏との関係を重視するものとユダヤ教との関係を重視するものの二つのタイプに大別できるが、ブルンスは古代オリエントとの関係を重視する、という第三の道を採っている。

(4)研究方法

 本研究も、基本的にはブルンスらの立場を継承して、独自の言語文化的背景を重視する。具体的には、人称代名詞に注目することで、当事者側の自己意識を分析する。また、この地域とそれに縁が深い人物の固有名詞を手がかりとして、地域に対する意識を明らかにする。

(5)著者と著作

 古来「ペルシアの賢者」と贈り名されたアフラハトは、ペルシアのキリスト教を代表する人物である。彼の著書『論証』は、正統派シリア・キリスト教及びペルシア教会の思想を表す現存する最古の資料で、4世紀前半までの思想内容を窺い知れる貴重な著作である。ユダヤ教を反駁する内容が多いが、その議論は理性的で古代教父中、最も良識的と言われる。

1.理念としての普遍

(1)普遍性の主張

 『論証』では、著者を表す一人称単数形「私」と複数形「私たち」が相互互換的に使用されている。読者がこの著作の内容を受容すべき根拠は、この著作の共同体性にある、とされる。読者を表す二人称の場合も同様である。つまり、個人間の私信がいつの間にか、共同体間の公共の教えになっている。また、その逆も言える。その共同体は、「あらゆる地域」、「あらゆる言語」の「あらゆる民族」から構成されることが強調される。これらの表現は、聖書の定式をそのまま使ったものである。

(2)普遍性を希求する背景

 一方で、シリア語の「民」の単数形が単独で用いられる時は、「ユダヤ人」、即ち「選民」を指す。その複数形はユダヤ人以外の「諸民族」、即ち「異邦人」を指す。他方で、固有名詞の「アラム人」は、全く同じ子音で「異教徒」の意味になる。また、アフラハト自身が自分たちの父祖が異教徒だったと述べている。ということは、いきおいアラム人キリスト教徒は、ユダヤ人以外の全民族の側に属することになる。

(3)普遍性のための方策

 とは言っても、自らを「非アラム化」して、普遍性を主張できるようになるためには、何らかの方策が要請された。それは、ユダヤ人の父祖ヤコブから更に遡って、アブラハムを宗教上の「父祖」とすることだった。それにより、ユダヤ人と並んで他の全民族も神の民とされた。これは、民族集団(アラム人)から宗教集団(教会)への転換である。

2.現実としての特殊

(1)地域への執着

 最も多く登場する人名の一つが、預言者ダニエルである。彼が活躍した地域が、バビロニアなのである。また、ダニエル書も頻繁に引用される。特に第5論証は、ダニエル書の記事が全体のテーマで、バビロニアに関連する聖書記事も多用されている。アフラハトのダニエル書の使用は傑出している。同様のことはエステル記についても言える。ここには、自らが属する集団の居住地域に対する特別な意識が表れている。

(2)特殊な「普遍性」

 そもそも、アブラハムが諸民族の父祖とされたのが、バビロニアにいた時期だったこと、また彼の父祖ノアもバビロニアに居住していたことが主張されている。また、エサウの子孫でアフラハトがローマ人の祖とする、エドム人に執着する割には、ササン朝ペルシアにはほとんど触れていないなど、諸民族の扱い方に明白な偏向が見られる。

(3)噴出する特殊性

 その偏向が頂点に達するのが、ダニエル書7章の解釈である。ここでは、世界の最終的な支配国をキリスト教化したローマと断ずる、オリジナルな見解が示されている。しかも、ローマ人が「聖なる民」とさえ呼ばれ、「王なるキリスト」思想と関連づけられる。これでは、ローマとまさに交戦状態にあったペルシアの王シャープール二世がキリスト教徒に疑念を抱き、迫害したのも至極当然であろう。

むすび

 アフラハトは旧約の先人たちとの連続性を強調しつつも、同時に一般のユダヤ人との差別化を図っている。他方、現行の支配者たるササン朝との距離を保っている。空間的には所属する国家に対する無関心を装う一方で、時間的には血統上の祖先を超えて、理念上の「父祖たち」との連続性を強く意識する。つまり、ペルシア帝国のキリスト教徒の自己意識としては、普遍の立場に立っていたことになる。驚くべきことにこの点では、帝国内での立場が正反対だったにもかかわらず、同時代のローマ帝国のキリスト教徒と基本的に一致していた。
 しかし、この主張を正当化するためには何らかの方策が必要であり、この方策自体が地域に密着したものだった。理念上の「あらゆる民族」を超えて、現実の居住地域に対して特別な関心を抱き、その政治的・軍事的解放者としてのローマの「兄弟たち」に強く期待している。現実には、そのあらゆる普遍性の主張にもかかわらず、地域的特殊性がにじみでている。この点で、他の民族宗教と同様に、特定地域を代表する宗教としての「キリスト教」の独自性を確認することができる。
 従来の研究では、この理念と現実の両面のうち、いずれか一方を扱ったものが多かった。しかし、本研究が明らかにしたように、ペルシアのキリスト教の特徴は、普遍性の理念と特殊性の現実とが共存している点にある。

(むとう しんいち・大阪府立工業高等専門学校助教授/キリスト教学)

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