21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第15回研究会レジュメ

《報告2》

 2005年10月1日(土)
於:京都大学文学部新館

街・うわさ・携帯

ーーテリトリーマシンとしての携帯ーー

寺岡 伸悟


1.はじめに

 身のまわりに次々と新しいメディアが登場してくる。携帯電話は、子どもから高齢者までが所持する、文字通り国民のパーソナルメディアとなってきた。またそれは、携帯端末と呼ばれることからもわかるように、声による従来型の電話コミュニケーションメディアとしてだけでなく、メール機能や、web検索、ゲーム、さらにはGPSによる位置確認機能といったように、たしかにこれまで私たちが持ち得なかったようなメディア、身体拡張機能を持っているといえる。
 そしてこうしたモバイル・メディア(ここではMMと略記)が、社会や人間に決してよい影響を及ぼさないのではないか、という懸念もときに目にするところである。たとえば、その一つマサチューセッツ工科大学教授のタークルは、以下のような点を挙げている(Turkle2005)。
・かつて多様な人々との出会いとコミュニケーションの場であったカフェなどの公共空間が、MMの普及により個別の作業を行う空間となり、かつてのような役割を果たさなくなった。
・つねにMMによって誰かとつながっているという感覚は、利点でもある反面、青少年の成長期において必要なある種の孤独感、「一人経験」を持つ機会を奪ってしまい、人間形成においてマイナスの影響が懸念される。
・MMによるテキストメッセージは短文であり、かつて対面的コミュニケーションや長電話が果たしていたような、相手の反応や状況を慮りつつコミュニケーションを紡ぎだしていく機会を大幅に減らしている。こうしたことは人間性の涵養にとってマイナスであると考えられる。
 このように、タークルの指摘は、彼女自身はその言葉を用いていないとはいえ、MMという新しいメディアがもたらしたマイナス面を、多様な人間とコミュニケートできる人間の「幅」、相手の感情や状況を慮って自らの対応を変化させていける柔軟さ、さらに豊かな人間形成、といった、人間の「寛容性」を減損させる点にその懸念の根拠を求めているといえる。
たしかに私たちが日常見聞する事柄を参照するとき、これらの指摘は一定程度首肯したくなるものである。しかしそれは、言うまでもなく個人間で行われるパーソナル、プライベートなメディアであるMMの生態をたしかに踏まえた指摘なのか。こと人間性に及ぶテーマであるだけに、実証的で地道な検証活動が必要であろう。
ところで筆者たちは、かつてあるシステムを用いた実験を含む、MMコミュニケーションの生態を捉える調査を行いデータを得た(竹内亨ほか2002)。ここではそれらを用いてタークルらの懸念への検証を試論的に行いたい。

2.調査・実験方法

調査の対象とした神戸市東灘区の岡本地区である。「大学街」として知られる。口コミ情報やその流れを捉えるために、携帯電話とサーバーを用いたシステム、P-net(竹内亨・大阪大学基礎工学部らが開発)を用いた。これは、ユーザーがあらかじめ友達を登録しておき、流れてきた情報を「友達に伝えたい」と思えば、携帯電話での操作によって、自動的にその友達に情報が送信され、それが記録される仕組みである。
上述の両駅を最寄り駅とする大学の同一学科の女子学生35人に協力を依頼した。彼女たちに、このシステムの説明を行ったうえ、実験協力者の中から友達を登録してもらった(最大5人まで)。彼女たちに、携帯電話のメールを使って岡本の街の話題を中心に自由に情報を流してもらうよう依頼した。以下では、約2週間にわたって行った実験を通して明らかになった事柄の一部を、順に紹介し考察していきたい。

3.MMのなかの「街」 

35人の学生の間を2週間に81のうわさが流れた。実際に流れたメールは以下のようなものである。

・『APRI』っていう美容院知ってる?岡本の郵便局のすぐ近くのビルの3階にあるみたいだよ☆友達がよく行くみたいなんだけど、10時までやってるから、学校帰りなんかにもオススメだよ!!気さくなスタッフばかりみたいだし…。あたしもまだ行ったことないんだけど今度行ってみよっかな(^O^)他にも岡本にはオススメ美容院がいっぱいあるみたいだよ☆
・ミルキーあるやん?あれを包んでる紙にペコちゃんが載ってるのは誰でも知ってるやんな?あれ大半は9個やねん。でも10個あるやつを見つけたら幸せになるねんて!!眉毛のあるコアラのマーチ見つけたら幸せになるって前あったやん?別にあれがホンマがどうかは別にして見つけた時ちょっとホクホクした気分になるよなぁ★

 タークルはMMメッセージの短文性に懸念を示したが、このようにMMは、パソコンメールとかわらない長文で情緒性もあるメッセージを運んでいることがわかる。

4.MMと対話性

 一つのメッセージはその反応を呼び起こし、話題は進展していく。以下、35人の女子大生の間を流れた『ワン切り』についての一連のうわさを事例にして、その過程をみてみよう。
 
・今、携帯での悪質電話が急増してるねんて!手口は、携帯にワンコしてきてそれで誰かなって思ってかけちゃうやん?そしたらかけただけで、携帯の通話料とは別に10万円ぐらい請求がくるねんて!だから、知らない番号からかかってきたら、ソッコーで履歴消した方がいいよ!(略)
・知らんとこからワンコあってかけたら10万の請求がくるやつ、あたいにかかってきました(>_<)うちは06で始まるのから朝の5時30分にかかってきててん!(略)
・10万請求されるっていう、迷惑デンワ。非通知でかけると大丈夫らしいよ!!だから、知らない番号から不在着信あったら、非通知でかけること!
・このP-NETでも話題になった10万円請求されてしまう事件あったよね?その特に気を付けよう!とゆう番号が分かったよ!以下の文は実際にメールで回ってきたものです。一部編集はしてあります。ドコモで働いてる友達からのお知らせです。(中略/具体的な番号が記載)

このように、MMによっても話題は一方的短絡的に終わるのではなく、変容進展していくのであり、MM以外の従来の口コミなどと差異は見出しにくい。

5.MMは「街」をどのように変えたか ―メンタルマップのなかの「街」―

MMはリアルな場所感や学生の行動にどのような影響を与えるのか。一人一人の主観的な場所である「街」を可視化して捉えるために、メンタルマップの手法を用いた(中村ほか1993)。具体的には、メンバー全員に、口コミ開始前と終了後の計2回、予告なしに白紙を与え「岡本の地図を描いてください」と依頼してデータ収集した。
白紙にメンバーたちが描く範囲によって、彼女たち一人一人にとっての「岡本」の範囲が明らかになる。岡本の範囲の捉え方が、阪急岡本駅を基点に山手幹線より北側を岡本の街と捉える人々と、JR摂津本山駅を基点に、山手幹線より南側を岡本の街ととらえる人々の大きく2つのタイプに分かれることが明らかとなった。

@ 街認識の変化
2週間のMM経験を経て、35人のメンタルマップを比較すると、地図に描かれる場所(店など)の数が増加し、範囲も広がっていることがわかる。街の範囲は、阪急派はJR方面に、JR派は阪急方面に拡大している。MMは、参加者である大学生の街認識を拡大させているといえる。

A 街に「分け入る」
もう一つの変化は、実験後の地図は細い道や路地の描きこみが増えるという傾向である。これは、MMによって岡本の口コミ情報を得ることによって、いままで通り過ぎていた横道や建物に「分け入る」ように実際に行動したからだと考えられる。

このようにMMコミュニケーションは、利用者の現実世界での行動においても、一つの契機となり、彼女たちの新たな場所発見に貢献していることがわかる。

6.まとめ

いわゆるMMが引き起こした社会的変化について、大別して二つの捉え方があるとされる。まず、90年代にはいってインターネットが日常生活に浸透し、様々な分野のグローバル化が推進されるなかで、情報伝達における空間的距離の影響が克服され、現在の時空間(感覚)が解体されるという考え方である。これは、携帯電話に代表されるモバイル・メディアの普及が、「世界中の情報環境の均質化」「場所性の喪失」をもたらしている点に注目する。タークルの懸念は主にこの側面に着目したものだろう。しかし一方で、ケータイ文化のもつ「スピーディ性」「モビリティ」「ヴァイタリティ」「パーソナリティ」に注目し、むしろそこから新たな「場所の創造」、「時空のパーソナル化」、「情報感性による場所の魅力化」が生じることに期待を寄せる論者もいる(藤本2003)。そして本事例は、こうした側面の存在をたしかに示唆する。
振り返れば、技術と社会をめぐる議論において、新しい技術が登場したとき、それはしばしば否定的に取り上げられ、その根拠はこうした人間性(寛容性はその重要な要素とみなされる)の減損に求められてきた。しかし新しい技術の普及は不可避であったし、人間社会はそれらとの共存関係を探ることを求められてきたのである。MMという新しいメディアとの関係づくりにおいても、より実証的に研究をすすめ、寛容性の議論が、MMへの一時的な拒否反応の道具として用いられないよう、我々は十分慎重であらねばならないように思われる。

(注)本研究は、大阪大学と甲南女子大学、神戸商船大学(現神戸大学)の7名のスタッフによる共同研究(通称岡本プロジェクト)の成果である。本論考は(竹内・鎌原・佐伯・寺岡・原田・下條・宮原 2002)に、未発表の分析を大幅に加えて寺岡が再構成したものである。
 [文献]
竹内亨・ 鎌原淳三・佐伯勇・寺岡伸悟・原田隆司・下條真司・宮原秀夫(2002)「携帯
  端末を用いた情報伝播モデルによる実験に基づいた情報伝達力の評価」第13回データ
  工学ワークショップ(DEWS2002),C2-11 pp.1-8.
中村豊ほか(1993)『メンタルマップ入門』古今書院
藤本憲一(2003)「『居場所機械(テリトリー・マシン)』としてのケータイと人類―アン
  チ・ユビキタス宣言!」現代風俗研究会編『現代風俗2003 テリトリー・マシン』所
  収、pp.6-15.
Turkle, Sherry (2005)「技術を本来の役割に(インタビュー)」(前編)『Mobile Society Review』vol.05-1、モバイル社会研究所、pp.6-17.

(てらおか しんご・奈良女子大学文学部助教授/社会学)



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