21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第19回研究会レジュメ

《報告1》

 2006年7月22日(土)
於:京都大学文学部新館

共約困難な過去認識と寛容性

――――真実委員会公聴会における対面状況から――

阿部 利洋

【要旨】

 紛争後の社会において、とりわけ直接的に加害・被害関係の当事者となった人々にとって、寛容であるという言葉がどのような現実にたいして意味を持ちうるのだろうか。その言葉は、相互理解や赦し、あるいは諦めや忘却へとつながるものなのかもしれない。それらは、寛容の概念をある(心理的な)状態で置き換える理解であるといえる。
 ここでは、具体的な参照例を南アフリカ真実和解委員会の公聴会でのコミュニケーションに求め、共約困難な過去認識をもつ人々のあいだで、「寛容である」ことがどのように可能であるのか、上記の理解とは異なる角度から考えてみた。

 まず、寛容性という枠組みから検討する場合、真実委員会には和解を掲げる委員会とそうではない委員会が含まれる点を確認する必要がある。というのも、上のふたつの立場のいずれであるかによって、委員会の活動後に訴追へつながるのかどうか、宗教関係者がどのような役割で関与することになるのか、あるいは公聴会が担う社会的機能等に関して、和解という理念を分岐点として方向性を異にするからである。また、南アフリカの試み(1996〜2003 年)以降、ペルー、シエラレオネ、ガーナ、東ティモール、モロッコ、リベリアで行われてきた真実委員会は、和解という名称を委員会名に取り入れてきた。このことは、南アフリカ方式の活動形態が、紛争後社会における標準的な選択肢のひとつとして定着してきたことをうかがわせるものである。

 報告では、主に対面状況での公開証言という相互作用に着目し、1993 年12 月31 日未明におきたハイデバーグ・パブ虐殺事件に関する特赦公聴会(1997 年10 月31 日)における質疑を参照した。証言を行ったのは、事件に直接関与した黒人武装組織のメンバー三名。ケープタウン郊外のハイデバーグのパブは、「白人たちのエリア」と目され、「抑圧者に銃弾をお返しする」作戦が遂行されたが、殺害された四名のうち白人は一名であった。
 加害者らは、証言の中で事件の正当性を曲げようとしない。白人という敵対カテゴリーを主張しているが、その用語法にはカラードも含まれていることが暗黙のうちに示される。遺族にたいする謝罪を拒否する。その一方で、別の遺族が、加害者の悔悛なしに赦す、と言明し、にもかかわらず加害者への非難とも受け取れる価値判断を表明する。公聴会終了後に加害者のひとりがマスメディアに語ったコメントには、大いに困惑している心情が表れており、神に言及しつつ被害者に向けて「力を尽くしたい」と申し出る……。

 質疑を検討する中で浮かび上がるのは、特赦公聴会という場の設定、また、被害者・加害者として関係をもつ人々のあいだのやりとりであることから予想されるような「対話と相互理解」という図式からは外れたコミュニケーションが続いていることである。しかし、公聴会という場における相互作用の中で対立関係が変化する可能性、あるいはその兆候にたいして、寛容でありうる余地を確保できるのではないか。対話が成立しない中で逆説的な効果が生じる可能性を思わせるものではないか、ということである。
 これについては、紛争解決研究で「対他カテゴリーの変更」とされる視点が参考になる(「争点の転換」については省略)。互いに相手をどのような存在として認識するのか、それがコミュニケーションの中で推移していく。その結果として、和解や寛容性といった概念と重なる現実が作り出されるというわけである。この場合、従来の研究においては、ゴールとされる状態とそこへいたるプロセスに関して自覚的に取り組むことが前提とされており、そのために問うべき質問、向かうべき方向性が仔細に整備されてきている。
 それにたいして、特赦公聴会を構成する場の条件としては「赦し、和解、謝罪」という心情的な(とみなされがちな)要素がルールとされなかった点に注目することができる。つまり「寛容であれ」というルールを設けないということであるが、ここに「共約困難な過去認識と寛容性」を考えるひとつのヒントがあるのではないかと考える。結果としては「対他カテゴリーの変更」にいたる可能性を共有しつつも、そこへのプロセスという点から、従来の紛争解決研究との差異化を明確にすることが次の課題である。
(あべとしひろ・大谷大学文学部専任講師)

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